煮詰まる、煮え詰まる、行き詰まる

10月 29th, 2017

珍しく用語の話。

ちょっとものを書いていて、前々からの疑問に行き当たった。

「ちょっと煮え詰まってしまって」

という台詞を書こうとしたのだけれども。いや、待てよ。

煮詰まる、というのは、本来詰めに近づいている、という意味。「議論が煮詰まってきた」とは、諸々意見等が上手く集約され、じき結論が出る段階まで来たことを指す。

その一方で、口語では、意外と「もう煮詰まっちゃって、参った」なんて感じで「思考や議論がにっちもさっちも行かない袋小路に入って抜け出せない」雰囲気を表す時にも使われている。

意味合いは真逆に近い。前々からとても不思議に思っていたのだけれども、今回、真面目に調べて見た(というほどでもないが)。

結論から言えば、「結論が近い」という方が本来。「にっちもさっちも行かない状態」は、現段階では誤用、そして広がりつつある(辞書にも掲載されつつある)。

なるほど~?

後者の「煮詰まる」は「行き詰まる」にすれば誤用を避けられる。

がっしかし。

それをあえて「行き詰まる」とせず「煮詰まる」としたくなるのは、「行き詰まる」では表しきれないぐっちゃり感を出したいから。

原義の「煮詰まる」は、ほどよく煮詰まっておいしく出来上がる状態が念頭にある。「良く煮詰まっておいしい」。他方、誤用の「煮詰まる」のイメージは、「煮詰まりすぎて焦げ付きそう/焦げ付いた」辺りのイメージ。

煮え煮え度に差がある。考えて考えて考えすぎて焦げ付いてねばねばでぐちゃぐちゃ。この雰囲気は、「行き詰まる」なんてさらっとした言い方では到底表現できない。

ちなみに、これはあくまで私個人の感覚だけれども。

煮詰まる→原義
煮え詰まる→誤用版

というイメージがある。私にとっては「煮詰まる」は一つのフレーズとして完成しており、それは「ほどよく煮えた状態」とリンクしている。

他方、「煮え詰まる」は、本来煮詰まると同義のはずだけれども、煮え過ぎたイメージが何故かくっついていて、ぐだぐだの意味でもオッケーな気がしてしまう。

とはいえ。

口語ではなく、書き言葉として、そしてそれなりに作品として出すからには、まだ完全に認められたわけではない用法を分かっていて使うのもちょっとな、と思うので・・・

泣く泣く「ちょっと煮え詰まってしまって」という表現はあきらめることにした。行き詰まる、じゃ駄目だし、といって「どツボにはまる」はちょっとカラーが合わないし。煮え詰まる、使いたいよう(涙)

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